この最高裁判決は、国内労働法の問題なのですが、読んでいて少しわかりにくかったのと、それならどうしたらいいのか、と思いましたので、メモにまとめました。
本件は、就業規則で固定残業代制度を導入している勤務先に対し、トラック運転手が時間外労働に対する賃金及び付加金を求めた事案です。原審福岡高裁は未払い賃金はないとして請求を棄却したのに対し、最高裁は、福岡高裁が割増賃金に関する法令の解釈適用を誤ったとして、差し戻しました。
この会社の賃金体系は以下のとおりです。
(1)平成27年5月以前
業務内容に応じて月ごとの賃金総額を決定する。
賃金総額から、①基本給と②基本歩合給を引いた額を③時間外手当とする。
月ごとの総額を各人ごとに決定 |
時間外手当(総額から①と②を引いた額) |
② 基本歩合給 |
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① 基本給 |
(2)平成27年5月、労働基準監督署から、適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことから、以下のように就業規則を変更し、従業員に説明をした。
基本給等 ①+②+③
①基本給 各人ごとに決定
②基本歩合給 出勤1日あたり500円を支給
③勤続手当 勤続年数に応じて出勤1日あたり200円から1000円を支給
割増手当 業務内容に応じて決定した月ごとの賃金総額から基本給等(①+②+③)を引いた額
④時間外手当 基本給等(①+②+③)を通常の労働時間の賃金として法律どおり計算
⑤調整手当 割増手当から④時間外手当を引いた額
月ごとの総額を各人ごとに決定 |
割増手当 (総額から基本給等を引いた額) |
⑤ 調整手当(割増手当から④を引いた額) |
④ 時間外手当(①+②+③)をベースに計算 |
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基本給等 |
③ 勤続手当 |
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② 基本歩合給 |
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① 基本給 |
平成27年5月以前も以後も月ごとの賃金総額はあらかじめ決定されているのですが、平成27年5月以後は、時間外手当は残業時間に応じて計算されるので、残業時間数によっては、総額を越える可能性もあります。
福岡高裁は、調整手当は時間外労働時間に応じたものではないので、労働基準法37条の割増賃金ではないが、時間外手当は割増賃金であるとし、支払い済みとしました。
これに対して、最高裁は、
・ 割増賃金を払ったというためには、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができる必要がある。
・ 本件では、④時間外手当が決まると⑤調整手当の額が決まるという関係にあるから、両者を区別する意味がない。
・ 以上より、割増手当(④+⑤)が時間外労働に対する対価なのかが問題となる。
とし、
・ 従業員に支払われている賃金の総額は、平成27年5月以前も以後も変わらないが、調整手当の導入により、通常の労働時間の賃金が、時間あたり、1300円から1400円だったのが平均840円となる。
・ 上告人の1か月あたりの時間外労働時間は平均80時間であるが、支払われている割増賃金の額は想定しがたい程度の長時間の時間外労働を見込んで過大な割増賃金となっている。
ことから、割増賃金には、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分を相当程度含んでいる、とし、そうすると通常の労働時間の賃金と割増賃金とを判別することができないことになるので、割増賃金が支払われたということはできない、
としました。
時間外手当と調整手当の合計が割増賃金なのだが、そうすると通常の賃金が安くなりすぎるし、割増賃金から計算される時間外労働が長くなりすぎるので、調整手当には通常の賃金が含まれていると考えるべきであり、そうだとすると、どの部分が割増賃金かがわからないので、割増賃金の支払いとはいえない、という理屈と思われます。
時間外労働時間に応じて計算した時間外手当は払われているのだが、規範的に見てこの給与体系はだめという理屈のようです。わかりにくいです。
草野判事の補足意見は、結論は同じなのですが、思考過程や理由を具体的に書いてあります。
実際の労働時間数にかかわらず、一定額の割増賃金を支払う制度を固定残業代制度という。
非生産的な時間外労働が生じないようにするために固定残業代制度を利用するのは経済合理的な行動として理解しうる。
固定残業代制度でも、法定割増賃金の額が固定残業代を超過したときには、超過分を支払う必要がある。
超過分が発生しないようにするには、固定残業代を非生産的な労働時間に至らないと思われる時間外労働時間よりも長い時間外労働時間を想定して固定残業代を設定する必要がある。
想定される時間外労働時間よりも長い時間外労働時間の割増賃金を支払うことになるため、使用者が通常の労働時間に対する賃金の水準をおさえようとすることには経済合理的な行動として理解できるので、労働基準法37条の潜脱と評価するのは相当ではない。
しかし、固定残業代制度で、実質は通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が名目上時間外労働に対する対価として支払われるのは、脱法的であり、割増賃金の支払いとして認めるべきではない。
仮にそれが認められるなら、使用者は想定残業時間を極めて長くすることが可能となり、労働者に長時間の時間外労働をさせることができるようになり、それは労働基準法37条の趣旨(時間外労働を抑制し、労働者への補償を実現する)の達成ができなくなるからである。
つまり、本件は、就業規則に基づいた計算をすると異常な長時間労働をさせることができるようになっているため、実際には異常な長時間労働となっているわけではなく、従業員に支払われている給与総額は就業規則変更前と同程度に支払われていても、給与体系自体がアウトだからアウトということのようです。
以上より、固定残業代制度が全くだめというわけではなさそうなので、今後固定残業代を設定する場合には、調整手当と時間外手当の二本立てではなく、時間外手当のみとし、時間外手当の設定に用いる想定労働時間を現実的なものにすることで、裁判所で割増賃金の支払いを否定されない給与体系となると思われます。
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